人それぞれのとらえ方、これからの思い
- 2011/03/15 01:23
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今回の東北地方太平洋沖地震について
私は被災地に親戚と友人達がおり、14日まで安否が不明でした。しかし、14日早朝に親戚、友人達それぞれが共に無事であるとの一報を受けました。
しかし、未だ安否が不明で多くの犠牲者がでている現状は変わらず、その数は増加の一途を辿っているようです。
私と同じ看護学校のある友人は隣県に住んでいるのですが、私は23区内に住んでいます。私の地域は今回の計画停電の地域には入れられていません。それに対し、その友人から「そこだけ停電にならないのは不平等ではないか、私は停電地域に入っているのでその間何にもできなくてつまらない」というメールがありました。私もできることなら停電にしてもらい協力したいと思っていますが、23区内は日本の柱として情報整理や機能を維持するために停電は避ける必要があるのではないかと理解しています。
また、今回の被災地域からは離れている県に住んでいる看護学生の友人は、恋人とのデートを楽しんでいたようで、届いたメールには久しぶりで楽しかったという内容でした。そして、今回の地震については特に触れられてはいませんでした。
人それぞれのとらえ方があるのは当たり前のことで、自分の生活に地震が深く関わっていないのなら、現実的に受け止めることは難しいかも知れません。しかし、私は2人の友人からのメールを見た時に、「こんな大変な災害が起こっている時に、なぜそのような気持ちや行動になるのだろう。」と、とても悲しく、悔しく思ってしまいました。
自分が直接被災地へ行って援助することができないことにもどかしさを感じますが、将来医療に携わる者として次々と情報が入ってくる、今、この時にしか感じ学び取れないものがあるのではないかと思います。
私は、今回の地震で失った多くの方の命と今も過酷な状況に置かれている被災者の方々や救援者の方々の思いを、これからの看護に繋げていかなくてはと強く強く思います。
そして、本当に過酷な中だと思いますが、どうか皆さんに頑張り抜いてほしいと願っています。
(退会者)
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