患者やその家族の言い分に、看護師はどう対応すべき?
- 2016/03/23 20:27
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この4月で看護師3年目になるものです。
タイトルの通りなのですが、看護師はどう対応すべきなのでしょうか?
患者やその家族は、入院をしている立場として自覚症状を訴える時もあれば、時に理不尽な要求を言われることがあります。
この理不尽は、私の立場からの見方でなので、患者やその家族にとっては全うな要求を言っていると考えていることだとは思います。病院に入院しているから、私たち看護師をはじめとした医療職に対して要求は通るものだと考えているような方もいます。それこそ、ホテルかのように捉えているというか。ただ、私としてはホテルという勘違いによるサービスに対するものは仕方ないなと受け流せるのですが、こちらの症状に対する指示や指導に対するクレームや反論に対してはどうにも受け入れることができません。
私たち医療者の指示や指導を鵜呑みにさせるという姿勢は間違いだと自覚はしています。患者の個別性を理解し、その患者との関係性を構築し、その上でその患者とのコミュニケーションの中で適切な指導を進めていくものだと思っております。
しかしながら、年齢・性別にかかわらず、入院している自身の患者であるという立場であれば医療者に何でも言っていいと考えているような発言、医療費を払っているから好きにさせろと堂々と言う者、治療のためそれ以外に入院する理由などないのに治療に協力的な姿勢を示さない者、様々な人がおられます。
私は、患者やその家族を弱者とは思えません。学生時代、教諭から「患者は弱い立場にあり、身体的にも精神的にも弱っています。それを支えるのが看護師としての責務です。」というようなニュアンスの指導を受けました。確かにそうなのかもしれません、しかしながら、患者によってはそもそもは自身の不摂生や無知故に病者へとなり入院している者もいると考えます。不摂生となった理由にも確かに不可抗力があったのかもしれません。無知なのはその人の環境がそうさせただけであり、その人自身にはどうしようもなかったのかもしれません。ただ、私は、だとしても、それでも自身の環境を変えようと必死に抗う人もいるわけで、結果的に病者へとなった自分を正当化し、自分勝手にいる姿をどうにも許せません。自身の環境を変える機会は必ずあったはずで、その機会を見落とし自分を変える努力をしなかっただけだと思うのです。そもそも、根本的に世の中は平等ではなく不平等で成り立っています。福沢諭吉の言葉も、学問をしたかしなかったかの差であると述べています。
話が遠回しになりましたが、現在の関係性において、入院患者が強者となり、医療従事者が弱者となっている、そんなふうに見えるのです。理不尽な要求にも応える必要があり、何か起こればクレーム、訴訟、そんなふうに見えるのです。
指導内容をへりくだって説明して伝え、時に頭を下げたりなど、私は何をしているのだろうと思います。このような病棟の雰囲気、不思議に思ってもそのように行っている私自身をどうかしていると思っています。
皆様の病院ではどうでしょうか?
私は、病気、入院ということについて、患者に対する普遍的な教育が必要なのではと思ってしまいます。
私のこの考え方は間違っていますか?ご意見ください。

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