【考察】看護協会に入る意味―「先人が架けた橋」
- 2026/04/06 22:18
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「看護協会に入っていない=看護師の自覚ゼロ?」というトピックを読み、私なりに思うところがあり投稿させていただきました。
明確な「正解」ではありませんが、会費の意義に悩む方や、若手の加入率に悩む方のヒントになれば幸いです。
そもそも看護協会は「職能団体」であり、専門職としての地位を確立するための要件でもあります。かつて「看護婦・看護士」と呼ばれていた時代から、先輩方が協会を通じて声を上げ続け、法改正や地位向上を勝ち取ってきた結果、今の「看護師」という専門職があります。
病院に「看護部」があり、経営層に「看護部長」がいる。当たり前のように思える今の体制も、決して自然発生したものではなく、先人たちが実践と交渉を積み重ねて勝ち取ってきた「城」のようなものです。
私はよく、看護協会を「村に架けられた橋」に例えます。
かつて、川の向こうの町へ行くには数時間かかる不便な村がありました。村人たちは団結し、長い年月をかけて橋を架けました。おかげで生活は劇的に便利になりました。
しかし、橋は放っておけば朽ちてしまいます。維持するにはメンテナンス費用が必要です。今の私たちは、その橋を渡って当たり前に仕事へ向かっていますが、もし「自分には関係ない」と全員が維持費(会費)を払わなくなれば、橋はいずれ崩れ、後輩たちはまた数時間かけて遠回りする時代に逆戻りしてしまいます。
今の看護師の待遇が、決して「十分すぎる」とは思いません。しかし、数十年前と比較すれば、確実に先人たちがメンテナンスし、守ってきてくれた恩恵の上に私たちは立っています。
「研修が安くなるから」「会報が届くから」という損得勘定ではなく、この職業の未来を支えるインフラ維持費として考える。生活が苦しい時期は強制ではありませんが、もし余裕があるならば、先人への感謝と、未来の看護師たちのためにバトンを繋ぐ意識を持ちたいと私は考えています。
ちなみに私は協会の回し者ではありません。
ただ、20年近く臨床に身を置き、看護という仕事に救われ、この仕事に誇りを持っています。
日々、現場で奮闘する全ての看護師に敬意を込めて。
長文失礼いたしました。
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本当に終了しますか。