ラウンジ
ガン看護や終末期でのコミュニケーション

2013年07月24日21コメント5,119アクセス

コミュニケーションの中でも、ガンや終末期の患者さんとのコミュニケーションはなかなか難しいと感じます。

1年生の病院見学の際に婦人科系のガン(確か乳癌な気がします)の終末期の

30代の女性とお話しする機会がありました。

その時、とにかく何を話せばよいのか焦ってしまい逆に患者さんに気を遣わせてしまった経験があります。

3年生になった今でも正直コミュニケーションがよくわかりません。

コミュニケーションの授業を受け、受容・傾聴・共感が大切というのは分かっているんですが、それらをどう終末期の患者さんに結びつけてよいのかが難しいと感じています。

そこで、

・終末期の患者さんとのコミュニケーションで気を付けること、心がけること

・一般の患者さんと終末期の患者さんとのコミュニケーションの違いはあるのか?

の2点について質問したいです。

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コメント

10件/21
No.22

>4 黒猫くんさんへの返信

コメントありがとうございました。

やはり、自分の相手に対する気持ちは相手に伝わるものなんですね・・・。

どのような患者さんであっても、1人の人として、その人がどんな人なのかを考えていきたいと思います。

No.21

>2 しおかなさんへの返信

コメントありがとうございました!

去年の実習を振り返ってみました。

糖尿病の患者さんでしたが、しおかなさんのおっしゃる通り実習始めの2~3日は情報収集をすることで一杯になっていたと思います・・。

しかし、透析をしている方だったので、ベッドサイドに座らせていただき、

家族の話や病気の話、今後や退院後の話をしたり、食事のメニュや運動の方法を一緒に考えたりしました。患者さんとお話するのが楽しくて、もっと患者さんのことを知りたいな思いました。

この患者さん(患者さんに限らずですが)のことを知りたい!という気持ちを忘れてはいけませんね・・・。

No.20

主です。

皆様からたくさんのご意見を頂きとても嬉しいです。

現在授業で忙しく、個人的に返信できるか分からず本当に申し訳ないですが、

じっくり読ませていただき、また返信させていただきます。

本当にありがとうございました。

終末期だから…と特別扱いするような考えは返って患者様が凹むように思います。

一般患者様と終末期患者様どちらの患者様にも『もし自分の家族なら……』と考えコミュニケーションを考えると話題がチョイスしやすいかと思います。

コミュニケーションが苦手。自分の中で、患者さんに壁を作ってしまっていませんか。身体が弱っている時、特に自身自身と向き合う時間の多い終末期の患者さんなどは、相手の心理状態に敏感になられます。そうでなくても、自分に対して壁を作っている人に自分の内面を語ろうとする人はいないでしょう。

いろんな方が書いて下さっていますが、技術なんかではなく、その人に対する興味だったり、関わっていきたいという熱意だったり、そういう心が相手に伝わると、自然とコミュニケーションが取れるようになっていると思います。

また、実習で困ったことは、グループで是非話し合って下さい。他のメンバーも困っているかもしれないし、それぞれ工夫していることもあるはずです。可能なら、教員や指導者にも入ってもらいましょう。

より良い実習、そして学びができる事を願っています。

先日学生指導していて感じたことがありました。

「コミュニケーションが苦手で・・・」と言われた学生が半分もいて、患者さまにもご家族にも、そしてスタッフにも、積極的に近づこうとしない雰囲気がとても気になりました。

私が、どうしてコミュニケーションにこだわるのか、何のためにコミュニケーションをとりたいのか質問しても、はっきりとした回答がありませんでした。

また、プライベートでも彼のことを知ろうと思ったり、友達のことを知りたいと思って、行動することがあるでしょう?と投げかけても、反応はいま一つ。

印象としては、コミュニケーションが重要と講義では学んでいても、コミュニケーションをその目の前の対象と取りたいという衝動が起きないんだ、と感じました。

そして、最近の学生世代の方々は、おそらくプライベートでも、相手に興味を持ち積極的にコミュニケーションを取ろうとする意欲がないことも感じたのです。

人間関係の持ち方が、やはり希薄なのでしょうか?

自然に、対象に対して、関心を持ち、その人を、その人の人生を、その人の価値観を少しでも知りたいと思えるならば、自然に対象のそばに寄り添い、時間を共にするでしょう。

看護をするなら、そういった自然の行動が、原動力となり、より患者様に近づいた看護を、有効な援助関係の上に成り立つでしょうに。

看護を教える前に、教えたいことがたくさんありそうに、思えてなりません。

終末期の患者さんにも自然に接して、相手の訴えをよく聞いてあげることが大切なのでは・・・

普通の患者さんと特別には変わらないけど、身体のしんどい時など状態に応じて

コミュニケーションも短時間にするなど考慮したらと思います。

私は投稿者ではないけれど、仕事ではがん患者さんや終末期の方に接する機会が少ないです。

なので、皆さんのコメント

勉強になります。

コミュニケーションって言葉の数だけやないなぁってつくづく感じました。

確かに、不安な時にそばにいてくれたり、ただただ話を聞いてくれたり

スキンシップとったり微笑んでもらったりするだけでも安心しますもんね。

それに、患者さんの背景も様々であり思いも様々なんですよね。

相手のことを知るって大事なんですね。

改めて気づかされました。

ありがとうございました。

8です、kozu さん、こんばんは

学生さんですので、テストやレポートに追われてサイトへ入る時間が無いのかもしれませんね。

しかし、考えて頂きたい事があります、あなたの普段の人とのコミュニケーションの在り方を。

このスレを立てられたのも主さんの目的があった筈です。

質問をして、より良い患者さんとのコミュニケーションを考えたい目的ではないのですか?

ここで多くの示唆深いコメントが多く寄せられていますが、あなたの反応が無いことにどんな思いでいらっしゃるでしょうか?あなたは多くの意見の何処に共感をおぼえられたのでしょう?その事を認識するだけでも、あなたはぐんと成長なさるのにな、と。

あなたに対するわたしの印象は一方的な意見だけを述べる人だなあという感じです。

つまり、あなたとのコミュニケーションは成り立ち難い感じです。

サイトだから、まあそれも許される事でしょう、しかしあなたの投稿の価値(あなたにとっての価値)がもっと上がるものを反応がないことで台無しになっている事が残念です。

最近のスレで、投稿なさった他の方々がサイト内のやりとりを通して、益々素敵な考え方にシフトなさっている事を拝見しながら、双方にコミュニケーション能力が高い方々だなと思っています。

きっと、その方々は患者さんにも心の通ったコミュニケーションをなさってるんだろうとも想像します。

『コミュニケーションの授業を受け、受容・傾聴・共感が大切というのは分かっているんですが』というところが、わたしは最初から気になっておりました。

『受容・傾聴・共感』の意味は解っていらっしゃいますか?

本当に解っていらっしゃれば、コメントへの反応なしということはなさらない筈です。

コミュニケーションは、ドッジボールではなくキャッチボールですからね。

気長に、あなたのレスをお待ちしております。時間の余裕がある時にお願いいたします。

No.13

終末期と特別に構えるから話せなくなるのでは?終末期の患者さんほど、日常生活の会話を望んでいることもあります。患者さんによって望んでいることは違うし。終末期であろうと一般であろうと、患者さん本人を知ろうとする気持ちがないと無理かもね。

壁に貼られた飾りとか写真とか季節の花とか。

痛みについて話してほしいとか。

患者さんから質問されて一瞬答えに詰まったことがあります。

死んだらどこに行くのか。

死ぬときは苦しんで死ぬのか。

どれくらいで死んでしまうのか。

死ぬ瞬間について客観的な内容を求められました。

答えは一つだけではないし、私の答えは間違っているかもしれませんが、正直に見たままを答えました。

また別の事例では、胸骨圧迫と除細動を受けていた患者さんの体験談ですが、「突然、苦しくなって倒れた。どれくらい意識を失っていたかは分からないが、うっすらと処置をしていた先生の声が聞こえた。『8回目の除細動かけて反応なかったらもうだめだな。反応出んもんかな。』とぼんやり聞こえた。途中で花も見えたような気がしてきれいだなあと思っていたら、次に先生らの声が聞こえてきたからびっくりした。

あつっと思ったら『ああ反応したわ。』って声聞こえてきたんや。眼を開けようと思っても開かなかったけど無理やり目をこじ開けられてちょっと嫌だった。でも喋っていた先生の顔はちゃんと見えた。」だそうです。

意識が失っていたところは全く痛みも苦しみもなかったそうで、痛みも一瞬だったらしい。

意識失った後のことは、息を吹き返した患者さんも記憶にないのでどうだったか分からないけど、精一杯生きた患者さんの顔は、どの人も力が抜けて楽そうでしたよと答えました。痛みについては薬で緩和出来たり、何かに集中していれば痛みも忘れることもあるんで、痛さを感じないような環境作りや何かを見つける手伝いをさせてくださいと伝えました。

ある事例では残されるお子さんの行く末について非常に心配しておられたので、自分の親もこういう心境だったのかと自分のことを話し、体が動ける間に娘さんの今後を支えてくれる人を複数見つけておくべき、そして娘さんにはお母さんの気持ちをこまごまと小出しに伝えておけば、必ず思春期になっても道を外すことはないと話しました。

再入院の時に「別れた旦那が、引き取って育ててくれることになった。私の友達もかわるがわる私の子どもの面倒を見てくれることになった。男親で賄いきれんことは友達がしてくれることになったから、安心した。子どもも私の友達のことを『おばちゃんおばちゃん』と懐いているよ。それを見てああ大丈夫やと思った。」としっかりと私の手を両手で包み、きれいな笑顔でお知らせに来てくださったのを覚えております。

また、「患者が苦しがっているのにベラベラテレビとか芸能人の話とかすれば話が盛り上がると勘違いしてる学生がいる。うるさくて仕方ない。お母さんの担当の学生さんは、全然喋らなくてそばに黙って座っているだけだけど、『1人じゃない』と思った。お母さんが熱出して寝てた時に実習時間も過ぎてたのに黙っておってくれた。頭の濡れタオルを冷たいのに変えてくれて気持ちよかった。時間過ぎてるのにって言ったら『黙って帰るのはどうかと思った。苦しそうだったから何かできないかと思った。』と答えた。」とある終末期の患者の言葉も聞きました。私の親ですけどね。

喋ることだけがコミュニケーションじゃないかも。

自分の入院体験なのですが、高熱を出して汗びっしょりになっていた時に、「気持ち悪いんで清拭したいのですが」と勇気を出して看護師に言いました。「すれば?」が返答でした。

何があっても何も言うまい、こんな看護師にはなるまいと思いました。

またある時は、人の気配を感じて目を覚ますと心配そうに覗きこんでいる看護師がいました。「苦しそうだったけど、気分どう?」と言われ、同じ病棟だけど随分対応が違うんだなと思いました。

この人には思いを伝えてもいいかなと思いました。

ベラベラと言葉を重ねなくても「心配していますよ。そばにいますよ。」というメッセージが伝えられればいいんじゃないかと思いますよ。

患者さんから時に拒絶されたり、どうしてよいか分からなくなる時があると思います。そういう時は看護師も独りじゃないのでチームで相談したり関わったらいいと思います。

学生だから評価を気にしてしまいがちだけど、常に学ぶという姿勢でいればいいと思います。

因みに私もコミュニケーションは大の苦手です。